「まだ、マカオに来てから40日ぐらいなんだよ」
マカオを代表するカジノリスボアで働くネパール人ターパは話した。
台風ルンビアによって大量に宿泊客のキャンセルが出たために、今日は久しぶりの休みなったのだ。
「リスボアのホテルで働いてるんだよ。休みの日の夜はここに来るんだ」
どれくらい話したであろうか、いつの間にか彼のツレがいた。
フィリピンから出稼ぎに来た女性だった。
「二人は恋人なのかい?」
ただの友達だよと否定しながらも、お互いに異国への出稼ぎの寂しさからかお互いを求め合ってるようであった。
「昨日の夜ここで知り合ったのよ」
数年前にリスボアのベッドメイキングの仕事を得た彼女は話した。
翌日の仕事のことを気にしないかのように彼らは私のつたない英語に耳を傾け、
そして私には聞き取れないほどの早い言葉のやりとりでじゃれ合っているようだった。
「日本でのPRはどうなんだい?」
聞き慣れない言葉に、早すぎたのかと彼はゆっくりと再び話した。
“how’s permanent residential in Japan?”
永住許可書。
日本で生まれて日本で死んでいくのが当然な私には初めて聞く言葉だった。
生活のために異国の島マカオまで来ている彼らにとっては、とても大事なことだった。
『そろそろ帰るよ」
告げた私に彼はら宿まで送ってくれるという。
車も通らない深夜の石畳を、
それぞれ違う国から来た3人が、違う国の言葉を使って思いを伝え合っていた。
宿も近づいたところで、彼は思い出したように言った。
「kei,君はビールが好きなんだろう、ごちそうするよ」
近くにあった雑然とした商店で彼は2本のビールを買った。
やはり別の国から来たであろう夜の蝶が、ほとんどスペースのない店内で、
私をにらみつけるように向けた視線が,なぜか痛かった。
「君は飲まないのかい」
ああ、と答えた彼。別に宗教のためではないよ。ただ、今まで飲んだことがないんだ、と言った。
わずかな小銭で買えるビール。でも彼にとってこれは、どれほどの重さなのだろう。
私が彼に振る舞ったとしてもどうと言うことのない金額。
でも、彼にとってはどうなんだろう。
日本から来た私への彼からの精一杯の気持ちなのかも知れない。
「ありがとう」
とっくに日付は変わっていた。私は一気にごくごくと飲んだ。
「ここに泊まってるんだ」
たぶんもう会うことはないんだろう。
彼らにとって、私はどんな存在だっただろうか。
彼らはまた明日から、カジノ・リスボアで、働く。
「最後に一緒に写真を撮ろうよ」
まだ若い彼らにとっては、異国で得た仕事の先に、未来が見えているようだった。
「また来るよ、おやすみ」
ホテルのドアが閉まる隙間から、手を振る二人の姿が見えた。
長かったマカオの夜は、終わった。
人気のない廃墟の教会の前での出会い2・聖ポール天主堂(マカオ)
投稿日:
執筆者: